ひらり しゃらり

ひらり しゃらり

漆黒の闇に惑う蝶

溶けゆく蝶に

僕は心を惑わせる


[夢現-trance-]


夢を見た。
自分は闇の中に立っていて、何をする訳でもなく漠然と辺りを見回していた。
ふと、背後から光が射すのが感じられ、ゆっくりと振り向く。
一本の光の筋が、まるでここが出口だと導いているかのように伸びている。
光に向かって歩き出そうとした…。

その時

光から一匹の黒蝶が、まるで舞っているかのように飛んでいるのが見えた。
黒蝶は自分が居た闇に向かって軽やかに羽を動かす。
自分は、それを横目に再び歩き出そうとした。

『真吾…』

「…?」

背後から名を呼ばれた気がして振り返る。
しかし、そこには蝶が飛んでいるだけで、真吾以外は誰もいない。

『真吾』

さっきよりよりも、はっきりと。
確かに名を呼ばれている。それに、この声の主は真吾にとってとても馴染み深い人物だ。

「…草薙……さん?」

名を呼び返すと、黒蝶は舞うような飛翔を止め、真っ直ぐに闇へと向かう。

何か、ざわめくモノが真吾を襲い、蝶を捕まえようと手を伸ばす。
しかし、蝶はそれをひらりと躱し、闇に溶けていった…。

「草薙さん!!」

そう叫ぶと細かった光の道筋は量を増し、自分一人を包み込んでいった。
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午後の授業開始の鐘が鳴るのを、真吾はどこか遠くで聞いていた。
実際には、自分は学校の屋上に居るのだから遠くというわけでもないのだが、
今朝見た目覚めの悪い夢の所為で、真吾はいつになく呆然と一日を過ごしていた。

「……い」

「……」

「おい!」
「うわっ!?」

強く肩を掴まれ振り向かされた先には、真吾の師[草薙京]が眉をつり上げ、真吾を睨みつけていた。
明らかに起こっている様子の京に、真吾は首を傾げる。

「草薙さん、どうかしたんですか?」
「『どうかしたんですか?』だ?
 テメェが今日の昼休みに技の練習を見て欲しいからって呼び出したんだろうが!!
 なのにテメェは約束の場所に来ねぇしよォ!!」


「…あ」

確かに昨日、昼休みに特訓して欲しいと、焼きそばパンと引き換えに約束を取り付けたような気がする。
真吾の顔が、見る見る青ざめていき、力無く笑みを作る。
「ハハ…ハ…。わ…忘れてました…」

「し〜ん〜ご〜」

今日の手中に赤々とした炎が握られる。

「ちょ…ちょっと待っ…すみませんでした!!」

真吾は慌てふためき、その場で頭を深く下げ謝る。

「本当に反省してんのかァ?」
「してますしてます!!」

真吾の慌てぶりに京は思わず失笑し、握りしめた拳を振り払い炎を収めた。
熱の気配が消えたのを感じとり、真吾は安堵の息をつきながら顔を上げた。
上げた視線の先と京の視線がぶつかり、真吾は京に小さく笑いかけた。

「にしてもよ、お前が約束を忘れるなんてよ…何かあったのか?」
真吾の笑みに、京は内心では喜悦しつつ、表面ではいつも通りを装ってみる。

「あ…いえ。ただ…」
「ただ…何だよ?」
「ボーっとしてただけっス」

夢の事を話そうかとも思ったが、夢は夢。京に馬鹿にされる気がしたので、
黙っておく事にした。

「草薙さん、放課後に修行…お願いできますか?」
「……」
「お願します!!」
「……次は忘れんなよ」
「はい!!」

眩しい程の笑顔を向けられ京もつられるように唇の端を弛ませる。
「真吾」
「はい?」

ふと、京は雲一つ無い青空を仰ぎ見て、日の光に眩しそうに目を細める。
真吾は京の見ている方向に視線を注いだが、何も見当たらない。

「草…薙…さん?」
「…なんでもねぇよ」
「……?あ、俺、授業に戻りますね」

コンクリートの床に寝転び、授業サボり(昼寝ver.)モードに突入した京は、
片手をひらひらと振り、真吾を送り出した。
京の昼寝の邪魔にならないようにと、静かに扉を閉め、教室に向かって歩き始めた。







午後の授業は二時間だけなのであっという間に時間は過ぎた。
今度こそはと真吾は京よりも早く修行場に行き、
今までの修行の所為でいくつも傷がついた木に拳を叩き込み始める。
もちろん、京への貢物も忘れずに買ってきた。

心置きなく修行に打ち込む真吾の元へ京が現れる。
京はいつもながらに、修行の相手になるというより、貢物の焼きそばパンを食べに来たといった感じだが、
真吾は京が自分に付き合ってくれることを嬉しく思う。

「百拾四式・荒咬み!!」
堅く握りしめた拳に、木とぶつかり合う強い衝撃が伝わる。
炎が出ない事を悔しく思いながらも、自分はまだまだ弱いんだという思いから修行に明け暮れる。


熱心に修行に打ち込めば、時間が経つのは本当にあっという間だ。

汗だくになった顔を水で濡らしたタオルで拭いながら、京とくだらない話で笑い合う。
気付けばあたりは暗くなり、闇が二人を覆っていた。

「そろそろ帰るか」
「そうですね」

珍しく最後まで付き合ってくれた京と、肩を並べ帰路につく。
光り輝くネオンの街を通り抜け、細い路地に入れば人気は無く痛い程の静寂が訪れる。

ついさっきまでは他愛無い話でも出来たのに、何故か今は言葉が喉を通らない。
真吾は沈黙に耐えられなくなり、昼間に京が見上げていた空へと視線を移す。
あんなに晴れていたのに、今は雲が覆っているのか星も月も見当たらない。
……忘れていた夢を思い出す。

急に怖くなって京の服の端を掴むと足を止める。

「どうした?」
「…あの…」
口どもりながら、言葉を紡ぎ出そうとするが上手くいかない。

「蝶が……消えて…俺…その……」
「蝶?」
「暗や…みが……っ…」
「お…おい」

なんとか絞り出した言葉は文章にはならず、真吾も京も混乱させる。


ただの夢。
分かっている。
分かっているけど・・・。

「草薙さん…一人で…一人で消えないで下さい…」

夢でも感じた事。
蝶が…京が、自分を置いて行ってしまう気がして…手を伸ばしても
虚空を掴むばかりで・・・。

「俺…強くなります。草薙さんと一緒に戦えるように…!!だから…」
「お前…相当に俺の事好きだろ」
「へ…」

闇に浮かぶ京の笑みは少し意地悪だったが、それが真吾の気持ちを少し軽くする。
「そりゃ…まぁ…」
京と視線を交えるのが気恥ずかしく、目を落としながら口をもごつかせながら答える。

「真吾」

バンダナを外され、額に軽く口付けされる。
唇の感触に驚き、慌てて顔を上げると今度は唇を抑えられる。
逃れようとする体を引き寄せられ、真吾は諦めたのか身を京に任せる。

「っ……は…」

「………」
「く…草薙さん?」

唇を離しても体は離さない京に身をよじる真吾。
抱きしめられるのは嫌ではないが、外でこういう事をするのはやはり恥ずかしい。

「真吾…強くなれ…」
「!!」
「強くなって…俺に追いついて来い」

「……はい」

真吾を抱きしめる腕に力が込められる。
「俺は止まれない…」
「…はい」
「だから」
「はい。俺…強くなります…きっと」

フッ…とため息のような笑いを洩らして
京は真吾を解放し、静かに歩き出す。
その後姿は、闇に溶けてしまいそうで…。

真吾はその後ろ姿を目に焼きつけるように見つめ、後を追う。

「草薙さん!!いつか必ず追いついてみせます!!」
「おー」
「待っててくださいね!!」
「だから止まれねぇっつってんだろ」
「…とにかく追いつきますから!!」

京は振り返り、真吾の真剣な顔に笑みを返す。
京の笑顔に、真吾もとびっきりの笑顔を返した。








ひらり しゃらり

ひらり しゃらり

漆黒の闇に惑う蝶

溶けゆく蝶に

僕は心を惑わせる

蝶を見失わぬよう

その後を追い

共に闇に溶けましょう



―終わり―

●あとがき●
ごめんちゃい。一応、京×真吾。(にする為に無理やりキスシーンを入れた)
大好きだ、真吾。クリス×真吾が今好きついでに(でもないが)時雨も好きだ。(笑)
サイト頑張れよ。
ではお目汚し失礼。From 紅涼
紅涼様ーーーっ!!あなたは神ですか!?すばらしすぎな美文!!!
もう、鼻血モノです!!
一所懸命な真吾が可愛いvv
ありがとうございました!!




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