『始まり』


独りだった。

独りきりで俺は荒野に立っていた。
これは寂しいという感情なのだろうか…
心の奥が空っぽになって自分の息遣いだけが聴こえてくる…
深い闇に堕ちて行く。
誰もこの手を掴んではくれない。

…堕ちて行く…


「……さんっ!八神さん!!」

はっと眼を開けるとそこには青い学ランを着た少年が立っていた。
年齢は17歳なのだが、
その時々とる行動のせいで中学生に見えることがしばしばある。
心配そうな顔をし、鼻がくっつくほどの距離でこちらを覗き込んでいる。

「矢吹か……どうかしたのか?」

頭が痛い。
無理な姿勢で眠っていた所為だ。

「どうしたのかって、八神さんこんな所で寝てるから…」

確かに…公園のベンチで寝るなど俺にしては珍しいな、
などと他人事のように考えてしまう自分に呆れて苦笑が漏れる。

「八神さん?」

キョトンという文字通りの顔になった真吾を見て更に苦笑する。
「そろそろ、退いてくれないか?」
このままでも良いのだがと心の中では思ってはいるが。
顔を真っ赤にした真吾が、バッと飛び退く。
今の自分の体勢に気がついたようだ。

「す、すみません!!」

真吾の顔を見ているのは好きだ。
こちらの一言一言にコロコロ表情を変えるのを見るのは面白い。

最初に会った時の顔には怯えだけが映っていたのを覚えている。

思っていることがまる分かりだな、
とあの時も苦笑した覚えがある。
始めは草薙京の金魚のフン程度にしか見ていなかった
(今もそうと言えばそうだが)
いつから…
いつから一緒に居たいと思うようになったのだろうか…。


あの笑顔を自分のモノにしたいと思ったのは…。


俺がじっと顔を見つめていた所為だろうか、
真吾は自分の顔に何か付いていると勘違いしたらしく
手の甲でゴシゴシ顔を擦った。

「あのぅ…さっき食べたドーナッツの粉砂糖でも付いてるっスか?」

ぶっ!
とうとうその一言で吹き出してしまった。

「ドーナッツを食ったのか…くくっ。粉など付いてないぞ」

さっきより真っ赤になった真吾はあたふたとしている。

「今日は100円の日だったんです!!
 美味しそうだったからつい…って何言わせるんですか!!」


…こいつをからかうのは楽しいな
そして見ていて飽きない。
…いつもこいつを苛めて楽しんでいる京の気持ちも分かる気がする。

…そして嫉妬する…今、こいつの心の中には京しか居ない。

「…矢吹」

真吾は急にこちらが真面目な顔をしたのでまたキョトンとする。
「何ですか?」

お前を京から奪いたい、


―自分ダケノモノニシタイ―


お前が欲しい。

「八神さん…?」

あぁ、またあの怯えた顔だ…
お前にとって俺はやはり怖がるだけの存在…
それ以上でもそれ以下でもない。

何故京の所に現れた…

現れなければ…
こんな気持ちを知ることもなかったのに…。


―奪ッテシマエ―


庵は真吾の肩をいきなり掴み自分の方へ引き寄せた。

「ちょ…っ!!八神さん何す…んんっ!?」

急な口付けで真吾は息が詰まり苦しそうにしているが、
庵は気にする様子も無く顎を掴み無理やり舌を絡めた。

「んっ…ふぁ…っ」

そうして数十秒後、急に突き放した。
真吾の瞳に大粒の涙が溜まっている。

「な…なんでこんな…」

次から次へと涙が真吾の頬を伝い落ちた。
訳が分からないと言いたげな眼で訴えている、
だが庵は感情が無いかのような瞳で真吾を見ていた。
真吾の泣き声だけが響いている。

庵が急に呟く。

「お前が好きだ」


真吾が顔を上げる。
その顔には驚きだけが浮かんでいる。

少し間を空けて、
何を言われたか理解したらしい。
顔が今までの中で一番赤くなった。

真吾は急に立ち上がり

「し…しっ…失礼します!!」

と言いながら走り去っていった。
フゥ…、とため息が漏れる。
やってしまった…
こんな形では伝えたくなかったのに…
庵の頬に一筋涙が流れた。



真吾は走っていた。
ただひたすら。
足がガクガクしている、体に力が入らない…
また泣きたくなった。
知らなかった…八神さんが俺の事あんな風に想っていたなんて…
どんっ!

「きゃっ!!」

角を曲がった瞬間人にぶつかってしまった。
相手は草薙京の彼女であるユキだった。

「し、真吾君!?…どうかしたの?」

しりもちをついたままの真吾に手を貸しながらユキは真吾の顔をじっと見つめていた。

しばらく考えたユキは真吾の手を取り、半ば強引に家に連れて行った。

家に着き、ユキの部屋に入ったとたん真吾はまた泣き崩れた。
そんな真吾の背中をユキはさすってやっていた。

「言いたくなかったら言わなくていいから」

そう言ってユキはまた黙ってさすり続けた。

しばらく経って真吾は口を開いた。

「ユキさん…ユキさんは急に知り合いから告白されたらどうします?」

少し驚いた顔で、少し間を置いてユキは

「彼氏が居る人に聞く事ではないわね…」


真吾が謝ろうとした瞬間…

「真吾君はどうしたいの?」

ユキは真っ直ぐな眼差しで真吾の事を見ていた。

「俺は…」

八神さんのことを考えていると胸が苦しくなってくる…
先刻のキスの感触が未だ生々しく残っている。
嫌じゃなかった。
只驚いただけ…
普段草薙さんぐらいにしか感情を表さない、
他の事には無関心な八神さんが・・・
笑いかけてくれた…


嬉しかった。


もっと話をしたり…
八神さんのこと知りたい…

八神さん…

「真吾君、私は真吾君の気持ちがどうであれ
返事をちゃんとしてあげるべきだと思うわ。…その人の為にも」

そう言ってユキは部屋を出て行った。


「俺は…八神さんのこと…」


いつの間にかユキの家を飛び出していた。


真吾はまた走った。

(伝えなきゃ)

もう、間に合わないかもしれないけれど…

さっきの公園にはもう庵の姿はなかった。

「八神さん…」


家は確か…マンションで…

前に八神さんから聴いたのは…どこだっけ…。
色々な人(庵の知り合い)に聴きまわってやっと
白塗りの大きなマンションにたどり着いた。
結構豪華な造りのマンションだが飾り気はない。
部外者の侵入を拒むかのような白色だと真吾は感じた。

「あ、八神さんの部屋を聴くの…忘れてた…」

一番重要な事を忘れていた…

部屋が分からなければ来た意味が無い。



そう思っていた矢先……本人が帰ってきた…。
あちらはまだ気付いていない。


意を決して真吾は声を掛けた。

「八神さん!」

急に声を掛けられ驚いたようだった。

「矢吹…」

気まずいのか庵はそのまま黙ってしまった。
真吾はしっかり深呼吸をして

「八神さんっ!!俺も八神さんのこと大好きです!!」

顔を真っ赤にして真吾は自分の思いを大声で叫んだ。

「な…」

庵もいきなりの事で状況が飲み込めていないらしい。

「俺、八神さんのこといーっぱい考えたんです!!そうしたらなんか
 胸がきゅうーってなって、顔が熱くなって」

言葉を言い終わらないうちに真吾は庵に抱きついていた。

「もう、これは好きなんだーってわかったんっス!!」

庵も珍しく顔を赤くしている。

「本当に俺でいいのか…?」

呟くような声で庵は聴きかえしていた。
真吾は憤慨したように

「いいのかって以前に八神さん俺にチュ―しましたよね?」

「う…」

「責任とって下さい」

真吾が上目遣いで見てくる。

「全力でとるつもりだ」
真吾を抱き返し、そして今度は最初にしたようなキスではなく
甘い、ゆっくりと唇を味わうような口付けをした。

独りだった。

独りきりで俺は荒野に立っていた。
これは寂しいという感情なのだろうか…
心の奥が空っぽになって自分の息遣いだけが聴こえてくる…
深い闇に堕ちて行く。
誰もこの手を掴んではくれない。

…堕ちて行く…

この夢の話を真吾にした時、真吾は
「俺が一緒に堕ちてあげます!そうすれば寂しくないっスよ!!」
と答えた。
この手を掴むのではなく共に堕ちる事を選んでくれた。

もうあの夢を見る事はない。


夜中に書き上げました。
庵…ヘタレなんだか、馬鹿なんだかわからないよ…(泣)
久しぶりに書いた小説がこれです…
ラブラブが書きたかったのになんだか痛い作品になってしまいました。


2006.8.2(また夜中に手直し)
色々変な所を直しましたが、
サイト初めたての自分が怖いです。(苦笑)
よくもまぁ…こんな甘いの書けたね自分と思いながら
(そして赤面しながら)
ちょろちょろっとおかしいと思う所を直したり減らしたりしました。

真吾…大声で言ったら周りの人に聞こえちゃってるよ(笑)


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