喉が破裂したかのような熱さと痛みに襲われる。

「(あぁ…ぁぁぁっ)」

声が出なくなっていた。

向こう側には叫び続ける憧れの人。

そして目の前には…。

どうしてこんな事になったんだろう。
どうして…どうして…。


『裏恋歌』


京と真吾にとって、それはいつもと変わらない放課後の筈だった。
一通の手紙が届くまでは…。

(今日の18時までにこの場所に来い。勿論一人でだ。)

「KUSANAGI…」

メッセージを受け取った京はぽつりと呟いた。
味気ないそのメモには指定された場所であろう地図が同封されていた。

「え?どうかしたんスか?」

修行を終え一息ついていた真吾は師匠の漏らした呟きが聞こえなかったのか、
きょとんとした表情で聞き返してくる。

「あ?いや、なんでも…」

これは見せるべきではない。
そう判断し、興味津々で覗いてきた弟子からメモを隠す。

「何もらったんですか?ラブレターだったり…」

「違ぇよ。見るんじゃ…あ、このやろっ!!」

メモを上手く引っ手繰り目を通した真吾の表情がみるみる硬くなっていく。

「草薙さん、これ…」

「お前なぁ…なんで覗くんだよ馬鹿が」

真吾の強引さに半ば呆れつつ、メモを見せてしまったことを後悔した。
一人で呼び出しに応じろと書いてあるが、この弟子は…。

(コイツ、付いて来るとか言うんだろうなぁ)

ハァ…とため息が漏れた。
しかしそれはなんとしても避けなければならない。
いきなり、何故俺のクローン…
”KUSANAGI”からの接触があったのかは分からないが、真吾を巻き込むわけにはいかない。
だが…

「俺も行きます」

(ほらな)

また、ため息が出た。

「草薙さん一人行かせるなんて絶対嫌です」

(でもな、今回も…俺の問題だ)

京は無言ですっと立ち上がり、真吾の胸倉を掴み鳩尾に一発。
重い一撃を喰らわせた。

「が…っ!?」

「真吾、ワリィ」

薄れいく意識の中、真吾が最後に見たのは師匠の…

(く…なぎ…さ……)


目の前が真っ暗になった。






18:00  -ネスツ某実験施設入り口付近-

使われなくなってどれくらい経った建物なのだろうか。
…いや、建物内部からうっすらと明かりが漏れている。

(ネスツ…完全に潰れた訳じゃなかったのか…?)

夏の終わりかけということか日が落ちるのが早くなっている。
辺りはもう薄暗い。
警戒しながら倉庫のような建物前まで進む。
ご丁寧に鉄製の重そうな扉が人一人が通れる位に開けてある。

「ちっ…出迎えも無しかよ」

誰に言うでもなく、そのまま京は暗闇に吸い込まれるように中に入って行った。






同時刻  -高校、中庭-

目が覚めると、木の根元に座っていた…
草薙さんが運んでくれたのだろうか。
首元に京という襟章が付いた学ランの上着がかけられている。
恐る恐る体を起こしてみる。

「…っ?あれ…あんまり痛くない…」

少し笑みが零れた。
草薙さん、ダメージを最小限に留めてくれている。
パンッ!
気を引き締める為に両頬を叩く。

「よしっ!行かなきゃ」

真吾はメモを確認して、走り出す。

(…何か嫌な予感がする)







18:30  -ネスツ某実験施設倉庫前-

「ここ…で良いのかな」

先ほど京が消えた倉庫の前に真吾は立っていた。
倉庫の扉は閉まっている。

「開か…ないよな?」

重そうな扉を少し、横に引く。
ギギギ…

「あ、れ?開く…?」

通れるくらいに開いたところで、中に入る。
少し湿っぽい、鉄のような匂いが鼻を突く。
暗闇に目が慣れ、匂いの正体が見えた。
鉄の匂いだと思っていたのは、

「血…?」

ガンッ!!
扉が急に閉まる。

「!!?」

振り向くとそこには"京"が立っていた。

「草薙さんっ!大丈夫でし…た…」

はたと異変に気づき、駆け寄ろうとした足を止める。

(違う!!この人は草薙さんじゃない!!!)

殺気と狂気を帯びた紅い瞳、褐色の肌。
師と仰ぐ人とそっくり同じ顔。

「KUSANAGI…」

「おいおいおい、オリジナルじゃないと分かった瞬間呼び捨てかよ〜」

京のクローンは残忍な笑みを浮かべながら近づいてくる。

「草薙さんはどこだ!」

真吾は叫びながら、追い詰められないように間合いを計る。
KUSANAGIはそんな真吾の様子を楽しみながら、少しずつ歩く。

「あぁ?どこだと?ここにいるじゃねぇか」

「アナタはち…」

違う、と言おうとしたところで一気に間合いを詰められた。

(っ!!早い!!!)

構えてはいたものの、炎を纏った拳を防ぎきる事が出来なかった。
後ろ向きに床へ吹っ飛ばされつつ、体制を立て直す。

「何が違うって?」

ガードした両腕が火傷で痛い。
耐火性のグローブも少し焦げている気がする。

(あー…帰ったら草薙さんにどやされるんだろうな…)

絶対、草薙さんと一緒に帰るんだ。

「全部だ!!!」

攻撃は最大の防御。
真吾は間合いを自分から詰めて考えられる限りの攻撃を繰り出した。

そして…

「くらえ!」

バキッ

(手ごたえ…?)

…拳はKUSANAGIに受け止められていた。
そのまま手首を掴まれ、宙吊りの状態で拳を腹に数発叩き込まれた。

「おーおー、可愛い仔犬ちゃんが頑張ってじゃれ付いてくれちゃって…よぉっ!!」

重い一発が入る。

「がっ…!!?」

また意識が遠のいていく。

(まだだめだ……戦って、草薙さんを見つけないと…コイツに殺される…)

「おっと、まだおネンネの時間には早いだろ?」

そう言うと地面に真吾を放り投げた。

「じゃ、起きれるように刺激を与えてやるよ」

うつ伏せの真吾をおもむろに足で蹴り飛ばし、
体を仰向けにしたところで急所を踵で踏みつける。

「あ…ぐぁ…あうぁっ!あぁぁっ!!!」

あまりの痛みに叫ぶことしかできない。

「おいおい、今のでイッちまったのか?は、だせぇもっとしてやるよ」

「何…勝手なことい…っ…ぐ、ぁあ…」

「どうした、甚振られてるくせに感じてやがんのか?このマゾやろうが」

容赦なく体中を踏みつけ、蹴る。
真吾の体中の傷口から血が流れていく。

「ちょっとは、素直になったか?ん?」

しゃがんで覗き込んできたKUSANAGIに真吾は血の混じった唾を吐きかける。
真吾はキッと睨みつけながら言った。
「アンタなんか草薙さんに絶対勝てない」

「草薙さん、草薙さん、草薙さん、お前はそればっかりだな。そんなにオリジナルが良いかねぇ」

真吾の唾を拭いながら、ゆっくりと歩く。

「はぁー。もう優しくするのはヤメだ。はい、ヤメッ!」

今度はおもむろに真吾の髪を掴んで無理矢理立たせた。

「いっっ!!」

「悪い子にはお仕置きだな」

髪を掴んだまま、真吾の首筋に口を近づけるとそのまま噛み付いた。
血が滲むのも構わず、肉を食いちぎる勢いでひたすら噛み付いてくる。

「あぐぁあっ、ああああああああああ!!!」

引き離そうとするが体に力が入らない。
ひとしきり噛んで、
KUSANAGIは真吾の首筋から血が流れるのに満足したのか今度は舌でその傷口を弄び始めた。

「うあ、や、めっ…あ…はぁっ」

「なんだぁ?気持ち良いのかよ、コイツ喘いでやがる。本当にマゾだな」

散々傷口を攻め続け、また床に真吾を放った。

「さて、とお前だけ気持ち良い思いしてんじゃねぇよ。」

どうしてやろうかと悩むKUSANAGIを他所に、

(はやく…草薙さんを探さないと…)

痛む身体を引きずって少しでも距離を取ろうとするが、
思うように身体が動かない。瞬間、激痛が走る。
真吾の背中をKUSANAGIが力の限り踏みつけたのだ。

「なーに逃げようとしてんだよ?」

「あ…がはっ!…草薙さんはどこ…だ…」

「はー…そんなに会いたいなら、ほらよ。感動のご対面だ」

さっきまであったことに全く気づかなかった、 目の前の大きなモニターには椅子の様な機械に拘束された血まみれの京が居た。

「…く、草薙さ…ん!?」

「今ここで」

「『俺をぶっ壊してください』って言ってみな?」

「そしたらお前の好きな草薙さんとやらは生かしておいてやる」

(…どういう状態で…かは内緒だけどな)

「俺は、アンタになんかに壊されたりしない!!!」

「あ、そ、あれを見ててもそんな事が言えるか?」

KUSANAGIは手に持ったリモコンのようなものを少し弄った。
すると、モニターに映った京が苦しみだした。

「ぐあぁぁぁぁぁ!!!」

「これ、クローンがどれくらいまで痛みに耐えれるかって実験に使われてた機械だぜ?」

まだ動くなんて驚きだよなぁ〜
そんな事を言いながらもどんどんと痛みのメーターを上げていく。

「そんな!!やめて下さい!!!!」

真吾の懇願も聞き入れることもなく京を甚振り続ける。

「がぁぁぁぁあぁあああ……」

叫んでいた京ががっくりと脱力する。

「お、流石のオリジナルも気絶しちまったか?」

『…っざけんなよ……誰が…気絶なんかするかよ…』

「草薙さん!!!!」

「あ、言い忘れてたけど、こっちの映像も声もあっちに流れてるぜ」

『真吾…お前、来るなっつたろうが…馬鹿野郎』

京は口から血を流しながらも真吾を安心させる為に笑顔を見せる。

「足手まといなのは分かってます!でも…助けた…あぐっ」

急に横腹に蹴りが入る。

「おいおい、俺を無視してイチャつくのは止めろよな」

「さて、さっきの続きだ、愛しの草薙さんを甚振られたくなかったら…」

真吾は覚悟を決めた顔で言い放った。

「俺を…」

『やめろ真吾!!!俺は良いんだ、早く逃げろ!!!!』

(草薙さん、ごめんなさい…)

「俺をぶっ壊してみせろ!!この偽者!!!」

(草薙さんを助ける為なら、何だってしてやる)

「ほぅ、良い度胸じゃねぇか」

激しい力で首を掴まれる。

「イイ声で啼けよ?」






「あぁっ…う…うぅあぁぁっあぁああああ!!」
ひたすらにKUSANAGIの快楽の為だけに弄ばれる真吾の叫び声が虚しく響く。
京は画面越しにひたすら止めてくれと叫んでいる。

何て良い光景なんだろう。

何て愉しいんだろう。

KUSANAGIは興奮しか覚えなかった。
真吾の手を頭の上で縄できつく拘束し、ひたすら嬲る。
嫌がったら殴れば良い、それかオリジナルを殺すと脅せば良い。
全て、俺の自由だ。

「も…やめ…て…」

真吾は汚濁や血にまみれ、ぐったりとしてもう動ける力もなかった。
それでも、赦されることはなく、ただただ苦痛、快楽に耐えることが求められた。
  「草薙さんの為」その想いだけが真吾の最後の意識を保たせていたのだ。

「あぁ?草薙さんを殺しちゃっても良いのかな?」

「……好きにしてくだ…さ…うぐっ」

唇に噛み付き、また出てきた血を丁寧に舐め取る。

「はい、よくできました!っと」

『やめろ…もう…やめ、てくれ…頼む…』

「もっともっと楽しくなるのはこれからだぜ?」

『なんでもする…俺はどうなってもいい…だから…』

真吾の鳴き声を聞くたびに京の中の炎が小さく、消えそうになっていく。

「おー、あんなこといってるぜあの草薙さんがよぉ!」

KUSANAGIはこれは良い事を聞いたと笑う。

(二人とも良い感じで壊れて来たじゃねぇか)

「くさ…なぎさ…」 

「…なんでっ…こんな事…」

「あぁ?そりゃぁ…楽しいからに決まってるだろが」

「…違う…アンタは……足りないんだ……」

「なん…だと…?」

「どれだけ、草薙さんに酷い事をしても、あんたは満たされない」

「何をしたってアンタは"本物(オリジナル)"にはなれないから」

KUSANAGIはやめろ…と小さな声を漏らしつつ少しずつ下がっていく。

「オレ…ハ…クサナギ…キョウダ…」

(今しかない!!!)

真吾の中で何かが弾けた。
今まで動かなかったはずの体に力が少しだけ戻った。

「草薙さんを…」

「チガウ、チガウチガウ!!!」

「はなせぇぇぇぇぇ!!!」 

一瞬のうちに懐に飛び込み、もう機能はしないと思われた拳を叩き込んだ。
  ごりっ…という厭な音がした。

まだアイツは立っている。
血みどろになった腹を胸をただ無関心に見つめている。
痛みとともにある全身の熱と倦怠感。

(ここでどうにかしないと2人とも…)

続けて二発、三発。

自分でもまだこんな力が残っていたのかと驚きつつ、そして最後のチャンスだと感じた。
4発目、既に拳の形を成していないモノを叩き込もうとしたそのときだった

「俺を言葉だけで追い込むとはなぁ…そうでなくちゃつまんねぇよな。けどな…」

ボッ!力任せに放った拳をかわされ、首を鷲づかみにされる

「ちょっと遅すぎたな」

我に返ったKUSANAGIは容赦なく真吾の首を思い切り締め上げる。

「はがっ」

「カハっ…あ、ぐ…」

更に腕に力が入る。

「なんつーか、ぶっ壊そうと思ったけど…気に入っちまったぜ、お前のこと」

「俺好みに改造してやるよっ!」

ボスン!喉が破裂したかのような熱さと痛みに襲われる。

「(あぁぁぁぁ…)」

声が出なくなっていた。
空気のヒューヒューと漏れる音がするだけだ。

「さて、この二人…どう躾けるかな?」

「…何もかも、俺を生んだセカイも全てぶっ壊してやる」

そうつぶやいた男の顔は笑っていた…
何か言わなくてはいけない、そう思っても空気とともに力が抜けていく。
薄れいく意識の中、目に映ったのは高笑いをする褐色の男、
そして血まみれになりながら叫び続ける黒髪の男だった…


『裏恋歌』END







とりあえず、久しぶりに文章を書いたので、
何もかもがおかしいです。(台詞ばっかりだしね!)
綾騎さんと絵茶で盛り上がったときにできたお話です。
絵茶では真吾と京がKUSANAGIに甚振られるところだけだったので
私が勝手に話を作ってみました。
甚振られるまでの経緯的な…
え、意味が分からない?
私にも分かりません。ダークサイドの神よ助けてーー!!

草薙さんは油断して負けちゃって捕まったんです…多分。

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