※この話は好意はあるけど愛はないです。少なくとも京は。ラブラブ話でも恋愛成就話でもありません。だからと言って友情青春真っ盛りっていう訳でもないです。時雨たんの描く可愛らしい真吾の面影はなく、どっちかって言うとしっかり男の子してます。あと、情事関連のワードが出てきます。(だからと言ってEROという訳でもないです)そういうのが苦手な方は読まないことをお勧めします。【紅涼より】








あれ、と思ったら其の後はなし崩しで、坂を転がるような感覚。しかも急な坂。ブレーキなんて言葉知らねぇよという感じ(どんな感じだと言う突っ込みはお断りだ)
兎に角、俺は気付いたらベッドに居た訳だ。しかも人様の。隣には可愛い女の子、なんて嬉し恥ずかしのシチュエーションはなくて…だからと言って並、下の女の子が居るわけでもない。むしろ顔的には上…の内に入るんじゃないんだろうか。あ、別に差別してる訳でもなくて。

「どうしよう…」

…これが朝の第一声なんて、矢吹真吾、元気が取り柄の健全男子らしくないこと極まりない。でも、俺の頭の中はひたすら「どうしよう」「どうしよう」「どうしよう」なんて言葉がグルグル回ってる訳で。横で気持ち良さそうに眠っている人の顔を横目に見ながら、ベッドのスプリングを軋ませて膝を抱える。薄手の布団に出来た隙間から風が入り込んで少し寒い。今は夏だというのに暑いなんてのも嘘くさい話だが、実際に寒いんだからしょうがない。そりゃそうだ。いくら夏だって素っ裸だったら寒いってもんよ。え、誰がって?そりゃ俺に決まってるでしょ。問題は其処に繋がる。

「…男と、しちゃった…」






『退屈な日常で良いんだと願う』






「おはよう、真吾君」
「あ、おはようございます」

美人な奥様に朝の挨拶を済まし、「さあ、どうぞ」なんて優美な笑みと共に通された部屋からは、なんとも食欲をそそる匂いが漂ってきた。ズッシリと重みのある如何にも高級そうな木の机の上には、朝食とは思えないほどの豪華な食事。まるでこの家だけ正月が来たような食卓に、一般家庭で育った真吾には最早どう食べたらこの家の格式に見合うことが出来るかなんて検討もつかない。

とりあえず入り口から一番近いところに座り、出された熱い緑茶を年寄りのように啜りながら、自分の向かいに新聞を広げて座るこの一家の大黒柱に目を向けた。新聞のせいで顔は見えないが、構わず朝の挨拶をしてみる。相手は他人の父親で、しかもある種、自分の尊敬する人でもあるので緊張が高まり言葉が喉に張り付いてしまった。それでもなんとか出した声は妙に上擦ったものになってしまい…

「お、はよう、ございます」

失敗した、と穴があったら入りたい気持ちで一杯になってしまった。居た堪れない気分で正座した膝の上で強く拳を握っていると、新聞の向こうからは笑いを堪えようとしているのかクックッと喉の鳴る音が聞こえてきた。ちくしょう、なんて心の中で思いながら恨めしそうに新聞の向こうに居る人物に視線を向ければ、相手がそれに答えるかのように新聞を床に置いた。やっと見えた顔は、実は真吾にとっても馴染みのある顔で、しかも可笑しいと言わんばかりににやけ顔だ。そりゃぁあれだけ上擦った声を出したんだから笑われても仕方ないが、やはり恥ずかしいし悔しい。

「柴舟さん、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」
「すまんすまん、ついな。…くく…ぶわっはっはっは!!」

むくれたような真吾の表情に、いよいよ笑いが堪えきれなくなったのか声を上げて笑い出す。真吾は我慢我慢と一層拳を強く握ると、ワカメが覗き見える味噌汁に視線を落とした。昨日の夜のことを話せば、ピタリとこの笑いは止まるんだろうな、なんて考えてみるが、そんな事出来るわけがない。むしろ誰にも言えないわけだ、昨日の出来事は。

「あのアホは?」

この場合、アホと言うのはこの人の息子、つまり自分の師匠のことを示す訳で。自分が今、会いたくない人の堂々一位を飾る人物。その人物の家で朝を迎えてるんだが、それとこれとは別…ってことでもない。

「まだ寝てます…多分」
「京のど阿呆は…一体誰に似たんだか」

貴方ではないでしょうか。なんて失礼なことを思いながら、ふと自分の後ろに人の気配を感じて振り返る。……まあ、その人の家に居るわけだから、会わないなんて選択は出来ないなんて百も承知。なら朝食をご馳走にならないでさっさと帰れば良かったじゃないかって?そりゃそうだ、勿論真吾もそうした、鈍く痛む腰を呪いながらそうしたけど玄関前で柴舟の美人妻に呼び止められてしまったのだ。人の良い笑みを向けられてしまえば、真吾は首を縦に振るしかなかった。そうそう、話を元に戻そう。真吾の後ろに誰が立っていたか、そんなの分かりきったこと。京だよ、草薙京。真吾の先輩で、柴舟の息子。不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、学校指定のジャージという何とも間抜けな姿で、自分の父親を睨み付けて立っていた! ムカつくことにダッサいジャージでも様になってるところが流石と言うか何と言うか。

「誰がど阿呆だ、誰が」
「阿呆じゃないってんなら早く卒業して欲しいもん「うるせぇ」

親子の口喧嘩の間に挟まれて、真吾が困った様に眉を顰めていると、透き通る凛とした声が室内に響いた。

「静かにしなさい!真吾君が困ってるでしょう!!」

京の後ろから顔を覗かせている人物、静の姿に、柴舟の顔が見る見る強張っていき、慌てて新聞を広げたかと思うとわざとらしく「う〜む、最近の事件は恐ろしいの〜」なんて声を出す。真吾はさっきの仕返しとばかりにニヤニヤと笑う。そして指を差して指定してやった。

「新聞逆さまですよ」
「!!」

真吾の一言に、京は豪快に笑い出し、静もクスクスと手を口元に添えて上品に笑う。柴舟は気まずそうにゴホンと咳払いをすると、京と静に「座りなさい」と威厳溢れる物言いをする。二人は素直にそれに従うと、御飯が冷めないうちにと食を進めた。







草薙家の食卓は、豪華な食事が並べられた割には賑やかで。というより、京と柴舟の些細な口喧嘩をBGMに真吾は静と楽しく話す、といった状況。時折、ヒートアップしすぎた二人を静が嗜めながら、朝食はあっという間に終わった。柴舟は朝の散歩だと出かけてしまい、静は大量の食器を片付けるために台所に行ってしまった。

真吾は新しく注がれたお茶を一気に飲み干す。朝食の時とは打って変わって何も言わない京が怖い。そりゃそうだ、勢いとはいえ昨日の夜に大変なことを仕出かしてしまったのだから。

「……それじゃ帰ります」
「おー、そこまで送ってくわ」

いや、結構です。と言ってしまうところをググッと堪える。どうせまた顔を合わすのだから、避けたって仕方ない。というより、話し合わなければならないのだ、この二人は。勿論、どうするって言うのは二人の今後のこと。ココではっきりと言っておきたいのは明るい未来について話すのではなく、至極真面目で、冗談交じりに話すことは出来ない事柄である。冒頭に真吾が述べたように、この二人は夜を共にしてしまった。それもかなり濃密に。ベッドで朝を共にした訳だが。甘い甘い関係な訳ではない。むしろ二人ともお互いに友情的な好意があるものの、決して恋慕な意がある訳ではない。そう、決して。

簡単に、本当に簡単に今回のことを説明することにする。



二人はいつものように修行をしていた。いつもの如く現れる八神庵という男と京は炎天下の中、炎を巻き上げながら暑苦しい戦いを繰り広げ、真吾は京に向けて応援の言葉を投げかけながら見ていた。当然、真吾の修行なんて出来る訳もない。まぁ、それはいつもの事だから(悲しいことに)良いとしよう、それに真吾も何だかんだと言って自分の師の戦いは勉強になるから有り難いと言っても良いかもしれない。

何だかんだで日が暮れて、今日も一日疲れた、よし、酒盛りでもしよう!!なんて展開になって。なぜ、そのような展開になるかなんて聞いてはいけない、京の思考はミラクルなのだから。まぁ、いつもの如く真吾の財布から酒代が出る。コンビニで適当に選んで買った酒を公園で呷る。馬鹿みたいな話をして、馬鹿みたいな笑いを上げて、テンションはひたすら上昇するばかり。4本目のチューハイやらビールやらを開けた時には、酔っ払いの出来上がり。缶をゴミ箱に投げ入れると、真吾と京はお互いに肩を支えながらヨタヨタと草薙家を目指して歩いた。その間も、意味のない話を大声で笑いっていた。そこまでは良かった。真吾はウ"ッと口元を押さえると、近くの電柱まで駆けて酒だったモノを胃液と一緒にリバース。当初、予定になかった御泊りをすることになったのはこういうことがあったから。

で、別に甘い空気とかあったわけでもなく酒の勢いで身体を繋げてしまった。唯の勢い。京もユキとは大分ご無沙汰だったようで、もしかすると酒のせいで真吾がユキにでも見えたのかもしれない。人間、酔っ払うと何をするもんか分かったもんじゃない。真吾は真吾でもうほとんど意識なんかない状態に等しかった。とりあえず、京の背中に腕を回して抱き寄せ、ひたすら鳴いた。自分じゃないような声に気持ち悪ぃなんて思いながらも、結局最後まで受け入れてしまって。って、おいおい自分が下かよ、なんて方向違いな突っ込みも最終的には消えた。で、朝起きたら真吾も京も素っ裸、オマケに真吾にはなんとも言えない腰の痛みが付いてきた。



と、まぁそんなことがあった訳だ。

そんなことがあった訳だから、普段は下らない話をして同じ道を歩くのに、今日はまったくもって無言。気まずい雰囲気が立ち込めて、暑いから流れる汗に加えて精神的に嫌な汗も流れてくる。真吾は出来るだけ京を見ないように地面に視線を落として歩いた。

「真吾」

沈黙に耐えられなくなったのか、京が名前を呼ぶ、真吾は内心で(勘弁してくれよ)なんて思いながらも、短い返事を返す。京は真吾に返事をして貰えたことに安堵したのか、ホッと一息吐いたのが真吾の耳に届き、笑いが込み上げてくるのを必死に堪えた。普段はあんなにオーボーなくせに、自分の言動一つ一つに気を張ってる師が可笑しくてしょうがない。それでも、何とか笑いを押し留めて改めて返事をする。

「何ですか、草薙さん。って決まってますよね」

真吾が付け足した言葉に、京の表情が強張る。それをチラリと横目で見て、真吾も同じように顔を強張らせて(しまった…)と思った。こういう軽いノリで進める話ではない。更に気まずくなった空気の中、昨日真吾が嘔吐してしまった電柱近くまで来てしまった。

「…大丈夫です。ユキさんには言いませんよ。むしろ言えません」

真吾が重い空気を切り裂いて放った言葉は、京を笑顔にさせた。いつもの格好つけた笑いではなくて、本当に心からの笑顔。真吾はつられて小さく笑うと話を続ける。

「犬に噛まれたと思って忘れます。だから草薙さんも忘れて下さい」
「師匠に向かって犬かよ」

京は真吾の頭を軽く小突くと、いつものようにニヒルな笑みを作った。真吾はベタに例えるなら太陽のような笑顔を京に向けて、さっきの京よりももっと深く安堵した。まだぎこちないが、何とかいつもの空気に戻せたらしい。身体の関係を作ってしまったとは言え、真吾は京のことは尊敬しているし、ましてや嫌いになるなど出来なかった。それは京も一緒で、修行修行と耳には痛い奴だが、真吾は自分を慕ってくれる可愛い子分、ではなくて後輩であることには違いなくて。いくら常識外れなことをしたからってお互いに負の念を抱くなんてことはなく、むしろ今の関係が壊れてしまうのが怖いとさえ思ってしまっているのだ。だけど、断言しよう。決して同性愛なんて狂った考えなんてない。あくまで師として、後輩として、ある種の友情としての話。

「草薙さんこそ誰にも言わないで下さいよ」
「当たり前だろ、酒の肴のもなりゃしねぇよ」

二人はニヤリと笑うと、その場で別れた。真吾は、再び自分の家に向かう京の後ろ姿を見続け、あと少しで見えなくなるという所で声を張り上げた。

「また明日、学校で!!」

京は振り返ることなく、軽く手を振って答える。それを肯定の意味に受け取り、真吾は気分よく歩き出す。鼻歌まで歌ってみたりして、さっきまで空気が嘘のように晴れやかだった。いつもなら五月蝿いセミの鳴き声も、今日はどんどん鳴けよ!なんて誰に言うでもなく、いや、何処かで鳴いてるセミに向かった叫んだ。犬の散歩をしているオヤジが胡散臭そうな目で真吾を見ながら擦れ違ったが、真吾はそれも綺麗すっぱりとスルーする。

ふと気付けば、昨日自分がリバースしてしまった電柱が目の前にあった。地面にはしっかりと痕跡も残っている。鼻に吐く匂いを感じたと共に、無性に泣きたくなってきて、鼻を啜った。セミが力一杯鳴いてるのを耳にして、余計に悲しくなってきてしまう。さっきまでもっと鳴け!なんて言ったのに、今度は黙れ昆虫。としゃっくり混じりに呟いた。

異臭と共に腰の痛みが強くなった様に感じて、それがまた無性に真吾を悲しくさせた。鼻は啜っても啜っても鼻水が出て、ついには目からも涙が出てきてしまう。何がそんなに悲しいのか分からないし、知りたくもなかった。そして、激しく後悔してしまう。



『また明日、学校で!!』



本音で言った筈なのに、今はその逆のことを考えている。会いたくない。絶対に。その理由は身体の関係を持ってしまったからという理由じゃない。根本的には其処に繋がるのだが。問題は、真吾の気持ちにあった。何でこんなにも悲しいのか、その理由にある。心の片隅にある扉を開けば、直ぐにそれは見つかる。鍵は充分にある。最近手に入れた鍵は、まさしくその鍵穴にピッタリだ。でも、真吾はそれを開けるのを頑なに拒んだ。駄目だ、それだけは出来ない。そう思うと、また何とも言えない精神的な痛みが込み上げて来て、涙を流した。汗と涙と鼻水とで真吾の顔はグチャグチャで、そりゃもう見るに耐えない顔になってしまった。

通りすがりの子供がお約束の「ママー、あのお兄ちゃん泣いてるよー」なんて台詞が聞こえてきて、これまたお約束の「しっ、見ちゃいけません」なんてのまで聞こえてきたもんだから、今度は無性に腹が立って「泣いてない!!」と叫んで逃げるように走り出した。走りながら素手で顔を拭う。擦りすぎて鼻下が痛くなったけど、構わなかった。

「明日なんて来るなバカヤロー!!!!」

無茶なことを言う。そんなことは分かってたけど願わずにはいられなかった。恐怖の大王がやってくれば言いなんて懐かしいことを思いながら、ひたすら走り続けた。セミは相変わらず鳴いている。「うるせーセミィイイ!!」と叫んだところで、足が縺れて転んだ。そうしたら惨めになった泣けた。本当に勘弁してくれ。真吾は地面の熱に肌が焼けそうになるのを感じながら、目を瞑った。こんなに泣いたのは、初めての試合で負けた時以来だ。その時は京が柄にもなく慰めてくれた。「いつまでも泣いてんじゃねぇ」と頬をグーで殴られた。あ、これって慰められたんじゃなくてウザがられたんだ。

ノロノロと立ち上がって後ろを振り向けば、もう(異臭を放つ)電柱は見えなくて。真吾は全身についた汚れを気にすることなく、また歩き出した。

明日は来る。真吾がどんなに望まなくても来る。真吾は思いの丈を閉じ込めたまま、明日を迎える。それで良い、それで良いのだ。自分に素直になれなんて台詞、今の真吾にはいらない。むしろそんなことを言われたらブチ切れて殴ってしまうかもしれない。

真吾はまた一言「ちくしょぅ」と呟いて家を目指した。結局のところ、真吾は忘れるなんて器用なこと出来なくて。むしろそのせいで危うく自覚しかけてしまう。あくまで!あくまで『しかける』だ。自覚したんじゃない。だってちゃんと心の小部屋の鍵はかけてある。扉は鍵を差し込まなければ開かない。鍵があるからと言って、不用意に開けるべきではない。得体が知れない向こうには、得体の知れないものがあるに決まっている。

セミが鳴いている。
真吾も泣いている、心の中で。

冒頭で真吾が述べたのとは違う意味で「どうしよう」だ。











押し付け小説第二段。無駄に長くて回りくどいです。
時雨、怒らないで読んでおくれね。
もう私の頭が「どうしよう」だよ、「ちくしょう」
無理やり(微妙に)恋愛要素(っぽいのを)入れてみました。はい。可愛くない真吾だこと(笑)ではでは、紅涼でした。



紅涼ちゃん6000HIT祝いをありがとうございます!!
確かに真吾が男らしい(笑)
でも純粋で可愛いと思いましたが?
素敵なプレゼント、とても嬉しいです。
今度は是非庵×真吾を(図々しい)。




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